国語教師×読書

公立高校国語教諭が、読んだ本について徒然に書き綴ります。

やるぞ。俺は本気だ。

みなさんこんにちは。はこせんです。

お盆休み如何お過ごしでしょうか。

とか言ってる間にお盆休みも終わってしまうわけなんですけどね。

世知辛いですね。働きたくないですね。

頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

はい。今日はリアルガチなやつです。

 

 

 

 

今日は先日発表された国語科の高等学校学習指導要領について記事を書いてみたいと思います。

 

国語科の学習指導要領はこちら

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/07/13/1407073_02.pdf

 

で、まず皆さん気づいたと思うんですけど、これまでの学習指導要領の約2倍のページ数になってるわけですね。

僕は素直に「あ、文科省これは本気だな」と感じました。

そして、僕は今回の学習指導要領改訂には概ね賛成の立場です。

ですが、後で詳しく述べたいと思いますが、まぁ賛否両論、どちらかといえば否定派の人の方が多いような気がします。僕の周りだけかもしれませんが。

そこで、今回このブログ記事を書く目的を以下のように設定します。

 

・自分なりに学習指導要領の内容をまとめ、そこに自分の考えを書くことで理解を深める。

・間違った解釈を他の方に正してもらう。

 

です。なんと他力本願なことでしょう。仕方ないですね。

 

で、ちなみになんですけど8月20日と22日に研修があるんですが、そこでもおそらく指導要領についてのお話はあるかと思います。それに向けた予習も兼ねてます。えへへ。

 

 

 

 

 

「新学習指導要領 高校国語」の画像検索結果

 

単位数はこんな感じです。

国語総合が現代の国語と言語文化に分けられて必履修科目となっています。

 

 

 

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各科目の目標はこうなってますね。

 

 

 

 

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内容構成はこうじゃ。

 

 

 

 

 

 

とまぁ、目標と内容構成だけざっと確認しました。

すべての科目の内容とかを見ていくときりがないので、

ここからは具体的に僕が興味を持った部分だけ言及していきます。

 

【書くことについて】

現代の国語 B.書くこと 言語活動例ーイ、ウ

「読み手が必要とする情報に応じて手順書紹介文を書いたり、書式を踏まえて案内文通知分などを書いたりする活動」

「調べたことを整理して、報告書説明資料などにまとめる活動」

 

国語表現 B.書くこと 言語活動例ーイ、ウ、エ、オ、カ

「文章と図表や画像などを関係付けながら、企画書や報告書などを作成する活動」

「説明書や報告書の内容を、目的や読み手に応じて再構成し、広報資料などの別の形式に書き換える活動」

「紹介、連絡、依頼などの実務的な手紙や電子メールを書く活動」

「設定した題材についてたような資料を集め、調べたことを整理したり話し合ったりして、自分や集団の意見を提案書などにまとめる活動」

「異なる世代の人や初対面の人にインタビューをするなどして聞いたことを、報告書などにまとめる活動」

※太字は僕の仕業です。

 

かなり実生活に身近な課題として設定されている印象を受けました。

現行学習指導要領には国語総合の言語活動例ーウに「相手や目的に応じた語句を用い、手紙や通知などを書くこと」、国語表現の言語活動例ーウ、エに「関心をもった事柄について調査したことを整理して、解説や論文などにまとめること」「相手や目的に応じて、紹介、連絡、依頼などのための話をしたり文章を書いたりすること」という活動が書かれていますが、それよりもかなり具体的になっていますね。

この言語活動例に対して、僕の友人は批判していたわけなんですが、「なんで高校国語の授業で報告書や提案書なんかを書かせなあかんのや」と。

僕はこういった活動はやるべきだと思いました。新学習指導要領が何度も述べているように、「実社会」との関わりを問い直すことは非常に有意義であると考えるからです。

これまでの高校国語の授業(他教科もそうかもしれませんが)では、学んだ内容が実社会でどのように活かされるかがあやふやだったと思います。

それが「こんなことを勉強して将来何の役に立つんだ」という学習意欲低下につながっていたと思います。

このようにる実社会と密接な関わりを持つ言語活動は、学習意欲を向上させる一助となり得ると思います。

 

 

 

【古典について】

言語文化 知識及び技能(2) 伝統的な言語文化ーウ

「(前略)古典の世界に親しむことを目指し、文語のきまりや訓読のきまり、古典特有の表現などを、古典を読むために必要なものに限定している。(中略)文語のきまり、訓読のきまりについては、詳細なことにまで及ぶことなく、読むことの指導に即して扱うとする考え方は従前と同様である。したがって、文語のきまりなどを指導するために、例えば、文語文法のみの学習の時間を長期にわたって設けるようなことは望ましくない。漢文の訓読のきまりの場合も同様である。あくまでも、古典の世界に親しむことを目指していることに留意する必要がある。」

※太字は僕の仕業です。

 

 良いですか、みなさん。体系的な文法指導をしたらだめなんです。

もう一度言いますね。体系的な文法指導はだめなんです。

これは後の単位数での話とも絡めたいと思いますが、ここではとりあえず、高校一年時における古典文法・漢文訓読方法の体系的な指導はしてはいけないということを強調したいと思います。

僕はこれには大賛成です

というのも、所謂古典嫌いを生むことの原因の一つに挙げられるのはこの文法指導だと個人的に思っています。

あくまでも古典作品を読み味わうための文法であるにも関わらず、文法の暗記と文法を活用した現代語訳自体が目的になってしまっている現状を鑑みての改訂でしょう。

「文法による作品の解釈こそ古典に親しむことになる」という意見もまぁわかります。僕も文法による精緻な読解が好きです。ただし、多くの生徒はそれを望んでいるのかということを考えると、ウーンってなります。

やはり高校一年生の段階では、古典に親しむ態度を養うために古典文学作品そのものが持つ面白さに着目させるような指導をするべきだと思っていました。

いいぞ、もっとやれ。

 

 

【単位数】

先ほども画像を載せましたが、国語総合が現代の国語と言語文化に分けられてます。それぞれ2単位の必履修科目です。

問題なのは、論理国語・文学国語・国語表現・古典探究がそれぞれ4単位であるということです。

つまり、2・3年時では

 

論理+文学 論理+国表 論理+古典

文学+国表 文学+古典 国表+古典

 

という具合に履修選択がされると思うんですが、現行学習指導要領で主流となっている現代文B+古典Bの選択ように、論理的文章・文学的文章・古典作品の三つの範囲をカバーする選択方法が無くなってしまったというわけなんですね。

ただまぁ、論理国語には「必要に応じて、翻訳の文章や古典における論理的な文章などを用いることができる」とありますし、文学国語にも「必要に応じて、翻訳の文章、古典における文学的な文章、近代以降の文語文(中略)などを用いることができる」ともあります。

ただし、古典文法の体系的な指導に関しては古典探究に「文語文法をある程度まとまった形で学ぶことを通して」とあるのみで、論理国語と文学国語の授業で古典文法についての体系的指導は行えないでしょう。

そうなると仮に大学入試にて古典が出題される場合、生徒たちはやはり古典探究を選択せざるを得ないわけで、となると残りの4単位をどうするの?という話になります。

…まぁ正直、論理国語は求められるでしょうね。でもそうなった場合、文学作品は?山月記は?こころは?舞姫は?

このあたりのことは、また大学側の発表が待たれるところですね。

 

 

 

 

まとめます。

僕が今回の記事に書いた新学習指導要領のポイントは

・実社会に結びついた指導

・古典文法の体系的な指導の否定

・選択科目はどうなるのか

の3つです。

 

他にも

・高大接続、中高連携と学習指導要領

・小中高の体系的かつ弾力的な国語科の指導

・現場で実際に指導されるのか

といったことについても、これから考えていきたいと思います。

特に三つ目の「現場での実際」についてはかなり厳しい部分があるかと思います。

とかく批判されがちな文科省にあっては、今回の指導要領改訂に関しても現場からは割と批判的な声があがっているように感じます。

ですが、ここで結局「現場裁量」によってこれまでと大差ない指導がなされるとすれば、多分日本の教育は終わります。そう言ってしまうのは大げさですかね。

 旧態依然とした国語科の授業を変えていくのは、外でもない現場の教員なはずです。つまり私たちです。

賛否両論あるかとは思いますが、今一度自分自身の実践を省みて、これからの実践を考えていく必要があるかと思います。